212 射抜く
羽織袴を着ていると言う事は、仕事帰りだろうか?
花火大会の話をしたから、わざわざ寄ってくれたのだろうか?
ココと一緒に見たいと思ったからだろうけど、、場所を教えたっけ?
ココとお台場へ行った時に、それとなく聞いたんだろうか?
行くと言えば期待を持たす事になるし、それなら仕事が早く終わればサプライズで行けば良いと思ったのかもしれない
総おじさんらしいや
光音は総二郎に声をかけようと心音の手を引き一歩踏み出すが、その手をグッと止められた
えっ?と思い心音を見ると、その表情は硬く少しも嬉しそうに見えない
再び、ゆっくり総おじさんに視線を向けると、、
おじさんは一人じゃ無かった
隣に着物を着た女性がいる
その女性と笑みを見せながら顔を近づけ会話をしている
女性の仕種はとても綺麗で品もあり、とてもお似合いだ
でもその光景が信じられず、その場で呆然と二人を見ていた
花火の音も周りの声も何も耳に入らない
ただ、、
花火の白い光に映しだされる総おじさんを、、、
ジッ、、と、、
葉山の古参の爺さんは、すっげぇ口うるさい爺さんだ
まだ家元になる前に、先代と共に伺った時も、俺の手前を散々コケにした
もちろんそれは愛の鞭と捉え精進の糧にした
家元襲名後にやっと『まずまずだな』と、取り敢えずの合格点を貰えたが、『結構なお手前でした』という言葉は引き出せていない
そんな中での今日の訪問
これが今日で無ければ心音と花火大会へ行けたのに、、と言う思いが混じっていたのだろう
葉「今日は、何時になく最低の茶を点てられますなぁ
こんな浮き沈みする茶を点てるとは、先代もさぞかし嘆いている事でしょうなぁ」
ズバリと言う所は何時もの事だが、やはりこのじいさんは侮れねぇ
確かな茶の味を知ってやがる、、と改めて感じた
総「大変失礼致しました。 すぐに点て直します」
葉「そんなに何杯も飲む物じゃないわ!
いついかなる時も、この茶が最初で最後かも知れんと言う気持ちで茶を点てないでどうする
こんな事では西門もお前の代で終わるぞ?」
総「ごもっともです。 そのお言葉、肝に銘じ今後も精進致します」
葉「家元の名に恥じぬよう、頑張りなさい
それにその原因は、未だ良き伴侶をめとらないからじゃないか?」
またこの話か
家元襲名後は、どこへ行ってもこの手の話が振られる
いや襲名前からそうだったけどな
総「先程おっしゃられた通り、私はまだ名ばかりの家元です
実力を身に付けてからと考えております」
葉「それも一理あるが、良き伴侶を得る事で、お茶の味も格段変わってくるかも知れん
のう、、圭子」
圭「おじい様の意見も、そのまた一理です
家元には家元のお考えがおありなのですから」
と葉山の隣に座っている女性がやんわりと嗜める
この圭子と言う女性とは、何度も面識がある
爺さんの孫で初めて見たのはまだ中学生だったと思う
直接教えた事は無いが、この爺さんが厳しく指導しているらしく、綺麗な作法で茶を飲んでいた
それから十数年、毎回のようにじいさんの隣に同席している
葉「家元になり、その重圧は相当の物だろう
現にわしのように厳しい言葉を並べる者もいるだろうからな
だが、その家元の気持ちを分かってくれる者がおれば、気分も楽になるだろう?
それに家元の妻になる者は、茶道に精通し、なおかつ裏方を取り仕切る大変な役目を背負う事になる
普通の女性ではまず勤まらんだろうし、それを考えておるから今も独身なのだろう?
それらしい噂もわしの耳に一向に入ってこんからな」
総「気を遣わせて申し訳ありません
ですが私事ですので、ご心配無用です」
葉「その結果がこのお茶か?」
グッと言葉に詰まる
葉「とりあえず、今夜鎌倉で花火大会があるから二人で行ってきなさい」
圭「おじい様! 突然そのような事を言っては、家元も迷惑です
この後、ご予定がおありかもしれませんのに」
葉「この後の予定なんぞ、どうにでもなるわ
わしの申し出は断れんだろうからな
なあ? 家元?」
この爺さん、、俺の足元を見やがったな
家元襲名に時期尚早と言う反対の声を鎮静化してくれたのは、紛れもなくこの爺さんだ
そして俺がキチンとしたお茶を点てていれば、こんな爺さんに付け入られる隙など無かったのに
全ては俺の失態だ
総「分かりました。 行ってきます」
こうして鎌倉の花火大会へ行くことになった
圭「おじい様が無理を言って申し訳ありません」
総「いえ。 確かに私のお茶がまだまだ未熟で心配されたのでしょう
ですが、私事は他人に決められたくはありませんので」
圭子さんの気持ちは知らないが、キチンと言っておきたい
いくら西門に影響がある葉山の御隠居の意見だとしても、受け入れられないと、、
圭「そうなんですね。 という事は、既に決められた方が?」
ここは包み隠さずきちんと告げるべきだろう
ぼかした言い方をし、期待させる訳にはいかねぇからな
総「ただ一人。 私を鼓舞する女性がいますが、今はまだ家元として精進するのみと考えています」
圭「そうですか。 その女性の方が羨ましく思います
私は10年近く家元をお慕いしておりましたから」
総「申し訳ありません」
圭「お気になさらないで下さい。 その女性も茶道をされているのですか?」
総「はい。 私より良い茶を点てます」
圭子は完敗だと思う
自分もずっと茶道を習ってきたが、祖父から合格点を出された事など一度も無い
それが家元をも唸らせる茶を点てる女性と既に出会い、愛を深め合っているのだから
圭「今日は本当に申し訳ありませんでした
その方を差し置いて、こうして私とこのような場所に」
総「いや。 私の一方的な思いですので」
総二郎の言葉に圭子は驚く
つまり総二郎の片思いと言っているような物だ
圭「まあ、、くすくす。 家元が告白すれば断る女性などいないと思いますが?」
総「家元としてまだ半人前ですから一人前になるまでは、、と思っています」
圭「その女性が凄く羨ましいです
ですがこの花火大会だけ、私のお付き合い下さい
おじい様には、キチンとお断りいたしますから」
総「そう言って頂けると助かります」
圭「あっ、りんご飴だけ買っても良いですか?」
こうして屋台のりんご飴を買い、花火を見る場所を探しウロウロする
その間も、総二郎は屋台の食べ物を見ては、心音が喜びそうだな、、心音は楽しんでいるだろうか、、あいつ花火を見た事があるのか?と、心音の事ばかり考えていた
と、パッと夜空が明るくなった
綺麗だ、、
来年は一緒に見に行きてぇなぁ、、
と、隣りの圭子さんの話に相槌を打ちながら見ていると、視線を感じた
何だ?
とゆっくり顔を向けると同時に体が硬直する
「心音、、」
そこには光音と心音が、俺を射抜く様にジッと見つめていた
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